ドマさんの徒然なるままに【第76話】 ドラッグラグ/ロス~品質の観点から
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第76話:ドラッグラグ/ロス~品質の観点から
本邦のドラッグラグ/ロスの問題、読者の皆様もご存じだと思います。念のため簡単に説明すれば、「ドラッグラグ」とは、海外で承認されているが日本では開発中の段階にはあるものの承認されていない医薬品が発生している事象のことで、「ドラッグロス」とは、日本での開発が着手もされていない事象のことを言います。要は、「ドラッグラグ」は開発中ではあるが申請・承認が遅いもの、「ドラッグロス」は開発する企業もないもの、と言えます。患者さんの立場から見れば、前者はまだかまだかの待たされっぱなしでヤキモキ状態、後者は藁にもすがる思いだが見捨てられてしまっている状態なんじゃないでしょうか。
厚生労働省としてもドラッグラグ/ロス対策として、「公知申請」*1 を筆頭に規制緩和を意図した各種通知や事務連絡を発出しています*2。ただ、これらは主に臨床試験における安全性と有効性に関するもので、品質に関する内容は直接的には触れられておりません。触れられていない理由は、「海外での臨床試験データはGMPに基づき収集・承認され、製品はGMPに基づいて製造・販売されている」という前提のためと推測します。
私は一介の品質屋ですので、本邦における医療制度、薬価や治験を含む薬事制度について話をするつもりはありません。ただ、いずれも医薬品開発であり、治験を行う場合、そこで使用するものは開発品に相当するため、品質の観点からすれば、品質保証として「治験薬のためのGMP(以下、「治験薬のGMP」)」が求められます。欧米では、基本的には法的に(承認後)医薬品との区別をしていないため *3、医薬品GMP+治験薬特有のGMP要件(一部はGCP要件でもあります)が求められます*4が、本邦においては、治験薬は法的に医薬品ではなく、治験に供する薬物等という位置付けのため、GMP省令ではなく*5、GCP省令に紐づけされた局長通知「治験薬の製造管理、品質管理等に関する基準(治験薬GMP)について」(以下、「治験薬GMP基準」)*6に基づいて対応することになります。
治験薬のGMP、特に本邦の治験薬GMP基準に関わる運用の話ということで、この領域の専門家である、筆者の師匠にあたる古田土真一先生に具体的な話を書いて貰いました。
----------------------以下、古田土先生の執筆です----------------------
古田土です。紹介されて出て来るのも変な感じですが、ドラッグラグ/ロスの対応における治験薬の品質という観点で率直な意見を述べたいと思います。
基本的にドラッグラグ/ロスの対象品目の多くは、海外では承認された(or 承認される見込みの)市場製品であることを踏まえれば、冒頭のドマさんの推測のように、品質的には当該国でのGMP下で製造された製品を輸入し治験薬として使用することがほとんどだと思います。そのような状況を鑑みると、一から(正確にはゼロからか?)独自にデータを集積する新規有効成分の医薬品開発とは少し異なる治験薬GMP基準の運用が相応しいのではないでしょうか。
先に言っておきますが、本話で述べることは、決して「本邦における治験薬GMP基準を簡略化したり、簡易化したりして運用」しても良いということではありません。まして「本邦における治験薬GMP基準の手抜き運用」を提案などしていません。あくまで、治験薬GMP基準のこの事項については、既存のデータでカバーしうるのでは and/or このようなデータ取りで充分では、といった効率的な運用を(受託業者も含めての)業界側も規制当局側も理解して対応すれば、ドラッグラグ/ロス対応、特にドラッグロス対応に有効なのではないか、という個人的意見です。
【ドラッグロスが生じる背景(ドラッグラグでも類似状況)】
あくまで私見ですが、以下のような背景があるように思います。
・ ビジネス的にコストが見合わない
ビジネスとして成り立っている開発企業側に立てば、要は、割に合わないと判断しても仕方なしと言えます。手間については、公知申請でもなければ、一通りの治験は必須となるため、その意味では、ゼロからスタートする新規有効成分含有医薬品としての治験と大差なしとも言えます。しかしながら、人道的立場*10における企業の社会的貢献という意識から、ドラッグロス対応に動いている企業が存在しているのも事実です。
【既に海外で販売されているという事実のメリット】
一方で、既に海外で販売されているという事実には、ゼロからスタートする新規有効成分含有医薬品の開発には無いメリットがあります。言わずもがなですが、海外で承認されているということは、取りも直さず、当該国における有効性・安全性・品質の承認用データパッケージが在るということです。それらのデータをそっくりそのまま使えるかどうかはともかくとして、また当該国での販売製品を(日本語表示・添付文書を除く)そのままの形態で日本販売できるかどうかは別として、医薬品としての基本的要素はクリアしていると言えます。
要は、医薬品開発において最も厄介な「効くのか効かないのか?」、「副作用は大丈夫か?」、「GMP的にOKな製造工場は在るのか?」といった点です。これらをクリアしているということは、ベンチャー企業、スタートアップ企業、さらにはスピンアウト企業の“取っ掛かり”には向いているとも言えます。前述の企業の社会的貢献ということも踏まえれば、投資ファンドも受けやすく、ビジネスという観点においては、リスクが低く、乏しい資金でも上市する可能性(成功確率)が高いということになります。
【ケーススタディ】
以下、想定されるケースごとに示します。下に行くほど手間がかからず、ドラッグロスには対応しやすいと思われる順番にしています。現実には、当該開発品の適応・用法用量・剤形などの各種ファクターに強く影響を受けます。
【品質の観点からの留意点】
以下、留意点を列記します。
① 治験薬のみ
② 治験薬と市販製品の両者
③ 市販製品のみ
【総括】
本話で述べてきたドラッグラグ/ロスの問題に対する品質的観点での対処法については、海外の市販医薬品ということで、当該国の承認書記載事項のうち、使えるデータは当然活用する。品質の根幹となる原薬と製剤そのものについては、剤形変更や一次包装の変更が無ければ、基本的にそのまま使えるはずです。ただ、治験を実施しないで済むということは稀と言わざるを得ないので、その際は本邦の「治験薬GMP基準」に従って製造された治験薬(GCP省令に沿う形での包装表示等)を使用することになります。ここで大事なことは、日本での治験だから「治験薬GMP基準」で対応という額面の運用(悪く言えば、杓子定規な運用)ではなく、実態を見据えた上で、その品目ごとの柔軟な運用をすることです(率直に申し上げれば、ケースバイケースと言わざるを得ません)。そのためには、治験依頼者(通常で言えば、将来の製造販売業者)と行政が品質事項について充分に理解している必要があります。要は、海外データで保証されている品質部分と日本国内で保証しなければならない品質部分とを見極め、了解するということです。
さらに、有効性と安全性については、通常であれば日本人でも同様と考えられることから、治験データが収集されれば、即申請、承認される確率も高いと思われます。その意味では、治験に入る時点で日本での市販製品(販売形態)を見据えて対応することが望まれます。
ドラッグラグ/ロスが問題とされる背景は、その薬剤が必要な患者さんが日本にいるからですよね。そうであるならば、製薬企業も行政も、できるだけ無駄を省き、今できる範囲の中であれば、お互いの合意点を見出して、一刻でも早く承認し販売することなのではないかと思っています。
製薬会社のR&D部門にいると、会社としても研究者としてもグローバルに通用する画期的な大型新薬を意識しますが、患者さんの立場からすると、純粋に「私の病気を治してくれる薬をください」と思うのではないでしょうか。ドラッグラグ/ロス対策は、まさにそのような患者さんの救済が真の目的だと言えます。
最後に、念のために再度言いますが、ドラッグラグ/ロスの解消と称して、治験薬のGMPの手を抜くことを提案している訳ではありません。海外の承認データを有効活用し、日本での治験をできる限りスムーズに進め、近い将来の製造販売に特化した点の品質保証に注力することを申し上げているつもりです。
----------------------ここまでが古田土先生の執筆です----------------------
いかがでしたでしょうか。ドラッグラグ/ロスの対象品目についての開発は、当該品目の適応、患者数、海外MAHの協力度合い、さらに当事者となる国内企業の考え方が大きく影響するため、「こうすべきである」と一律に言えない点があります。ただ、「私の病気を治してくれる薬をください」という患者さんが必ず存在するということは事実です。
では、また。See you next time on the WEB.
【徒然後記 by 古田土】
本邦の治験薬GMP基準
本邦の治験薬GMP基準は、「治験薬の製造管理、品質管理等に関する基準(治験薬GMP)について」というタイトルで、平成20年(2008年)7月9日付けの局長通知(薬食発第0709002号)として発出されている。ベースは厚生労働科学研究「探索的臨床試験における被験物質の品質確保について ―探索的臨床試験における品質管理手法及び治験薬GMPの改定への提案―」であり、2007年に議論が交わされた。私は、業界代表としてメンバー入りしたが、(個人的都合もあり)少しでも早く進めたいということから、原案(たたき台)を作成し、それを基に議論した。当時、私は「開発途上の治験薬GMPについての運用は未確定要素があまりにも多く、かつ幅がありすぎるので、概念重視で良いと思う。運用については、科学的進歩にも付随するので、その都度、必要に応じてQ&Aで対応したほうが良いのでは?」と論じていた。当時の私の考えは「10年持ち応えられれば良い。10年も経てば、科学的進歩から、否応なしに改正が必要になる。」と思っていた。その予想に反して、発出から17年近くが経過した。医薬品開発の仕方もターゲットとなる薬剤もかなり様変わりしたように思う。
本話での「ドラッグラグ/ロス」の問題は過去から言われてきたが、ある問題が解消に向かえば、別の問題が顕在化したり、浮上したりするのも事実である。現行の治験薬GMP基準について、改正を行う必要があるかどうかはともかくとして、現状に見合う実運用についての一部改正または追加のQ&Aが発出されても良いように思う。日本人の性格なのかどうかは測りかねるが、業界側の者が「柔軟な運用云々」と口を酸っぱくして述べても、杓子定規の解釈をして、お世辞にも「上手な運用」とは思えない(CDMOを含む)企業があまりにも多い。それが、単に自分で判断できないレベルなのか、民間企業側に属するジジイの言い分だから信じていないだけなのか。自己都合の身勝手な解釈運用をする者が出て来ることは避けたいが、これが行政通知や事務連絡として知らされれば、納得するんじゃないかと思っている。本話は、そんな想いから書いた。
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*1:Wikipedia「公知申請」より
公知申請とは、承認事項一部変更承認申請の一形態であり、医薬品の有効性や安全性が医学薬学上、公知(外国での承認・使用実績および根拠となる資料が入手でき、科学的根拠に基づいて公知)であるとして、臨床試験の全部または一部を新たに実施することなく、薬機法上の承認申請ができる制度のことをいう。
医薬品の承認が欧米より遅れているドラッグラグにより、日本で医薬品が承認されていない用法等で用いられる適応外使用を解消することが目的である。
*3:日本では、法的には「治験薬(正確には、被験薬)は未承認であり、治験の対象とされる薬物等」とされています。
*4:分かり易い例としては、PIC/S GMPのPart 1(製剤)とPart 2(原薬)に加えてのAnnex 13(Manufacture of investigational medicinal products)ということです(当然、その品目や剤形によって他のAnnexesも求められます)。
*5:GMP省令の正式名称は「医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令」であり、適用対象はタイトルに示されているように医薬品と医薬部外品です。
*6:平成20年(2008年)7月9日付け薬食発第0709002号「治験薬の製造管理、品質管理等に関する基準(治験薬GMP)について」
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb5534&dataType=1&pageNo=1
*7:PMDAウェブサイト「小児・希少疾病用医薬品」
https://www.pmda.go.jp/rs-std-jp/standards-development/guidance-guideline/0006.html
*8:PMDAウェブサイト「医薬品の条件付き承認制度への対応」
https://www.pmda.go.jp/review-services/drug-reviews/0045.html
*9:PMDAウェブサイト「新医薬品の優先審査品目該当性相談及び条件付き承認品目該当性相談」
https://www.pmda.go.jp/review-services/f2f-pre/consultations/0009.html
*10:本邦には「人道的見地から実施される治験制度」というものがありますが、その内容から、本話でいうドラッグラグ/ロス対応とは少し異なります。
詳細は、下記URLのPMDAウェブサイト「人道的見地から実施される治験について」をご参照ください。
https://www.pmda.go.jp/review-services/trials/0016.html
また、「先駆け審査指定制度」や「特例承認制度」といったものもありますが、これらも本話でいうドラッグラグ/ロス対応とは目的も状況も異なります。
*11:発売されてから1年以内の新薬は原則14日分が限度とされています。現実には、申請に向けてのPMDAとの相談になります。
(参考)
https://studyingeveryday.com/administration-period/
https://studyingeveryday.com/a-new-medicine/
https://michill.jp/lifestyle/1481
*12:平成30年(2018年)7月18日付け薬生監麻発0718第1号「「相互承認に関する日本国と欧州共同体との間の協定の運用について」の一部改正について」
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc3504&dataType=1&pageNo=1
令和5年(2023年)10月20日付け医薬監麻発1020第1号「日本国と英国との間の相互承認に関する議定書の適用について」
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc8000&dataType=1&pageNo=1
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