一歩先を目指す化粧品GMPの運用(第2回)

第2章:品質経営とは
前回は化粧品GMPの歴史と立ち位置についてお話ししました。今回は「品質経営」についてお話しします。
目的は「当たり前」の徹底と自律的な改善(5Sの徹底、小集団活動・継続的改善の取り組み)活動です。
GMPの本質は「当たり前のことを当たり前に行う」ことですが、これを継続するのは困難です。一歩先を目指す化粧品GMPは、トップマネジメントとボトムアップの活動の両輪をうまく機能させることで、経営プロセス全体で顧客価値とCS(顧客満足度)の最大化を目指す、全社的な品質マネジメント手法とすることです。

1. 品質管理の歴史
1980年のこと、米国の3大テレビネットワークの一つ、NBCで“If Japan can…、 why can’t we?”という番組が放映されました。
番組の主題は、工業製品において世界に冠たる品質を誇り奇跡的な経済発展を遂げた日本の成功の理由を分析し、「日本にできてなぜ米国にできないのか」と訴えるものでした。
確かに、歴史的事実として、日本は1980年代に、品質立国日本、ものづくり大国日本、ジャパン・アズ・ナンバーワンなどともてはやされ、品質を武器に工業製品の競争力を確保して世界の経済大国にのし上がりました。
ここでは戦後の高度成長期から、現在の混迷期に至る品質管理の歴史を紐解きましょう。ビスマルクの言葉にあるように「賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶ(Fools learn from experience, I prefer to learn from the experience of others. / Wise men learn from history, fools from experience.)」ことにしましょう。

1.1 日本経済の歴史と品質管理の関係
高度成長期(1955~72年):①集団就職による豊富な労働人口の活用。②日本株式会社に代表される「輸送船団方式」。③世界の自由貿易体制の享受。作れば売れる時代。「安かろう、悪かろうの時代」。 Bottom Upの力、問題解決能力、SQC、QCサークル(問題は山積、高い教育、終身雇用制度)現場力により、世界の品質と同等まで引き上げた。73年の第1次オイルショックで終焉を迎える。

安定成長期(74年~91年): ①トヨタのカンバン方式(JIT)。②ハイテク産業の台頭。③高い国際競争力。Top Downの力、方針管理、TQC、TQM(どの山を落とすかが重要)。 91年のバブル崩壊で終焉を迎える。
脚注)この時代(高度成長からバブル崩壊まで)が日本の黄金期である。高度なインフレと給与のアップ(物価は上がったが、手取りも上がった時代)により、国民が豊かさを実感し始めたころである。設備投資や海外進出が盛んとなり、「24時間働けますか」のキャッチフレーズが流行した。明日の不安を感じずに、今日の幸せを謳歌できた時代。貯蓄よりも消費にお金が回り、内需拡大に繋がった。その後、89年4月に中国北京で「天安門事件」(当時K社の中国進出対応で数名の技術者が上海に足止めされた)発生、89年11月には東西ドイツの通行自由化(ベルリンの壁崩壊)、89年12月には株価最高値(38、915円)、90年8月にイラクがクエートに侵攻(私はこのニュースを中国杭州のホテルで知りました)(その後湾岸戦争へ)、激動の時代は幕を引いた。

 

 

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