【2026年6月】医薬品品質保証こぼれ話 ~旅のエピソードに寄せて~
執筆者の連載をまとめた書籍を発刊「医薬品品質保証のこぼれ話」
第28話:余裕が支える品質と安全 ― 過密な運営が見落とすリスク ―
・要約
現代社会では、効率やスピードが優先され、早く成果を出すことが重視される傾向が強まっている。情報技術(IT)の急速な進歩により、瞬時に情報や知識が得られる環境も、そうした流れを加速させている。しかし、人生の目的が、それぞれの生を豊かに全うすることにあるとすれば、この方向性が常に望ましいとは限らない。過度に効率を追求する環境では、人も組織も余裕を失い、それが製薬工場における工程トラブルや品質リスクの一因となる可能性がある。本稿は、「余裕」や「余力」が品質確保と安定供給を支える基盤であることについて考察するものである。
・本文
過日、鹿児島を訪ねた際、高台から桜島を眺めていると、山裾が海と空の間にゆったりと広がる姿が、絶妙の間合いで配置され、実に悠々として見えました。桜島が水蒸気をゆっくり噴き上げている以外には特段の動きもなく、時おり遊覧船が静かにその景色の中を横切っていく程度です。空と山と海――それ以外には特別なものはありません。しかし、その余裕を感じさせる光景を眺めていると、不思議と心が満たされ、豊かになっていくことに気づきました。余裕は余力につながり、安心や安定にも通じます。
製薬工場に目を転じると、日々の生産活動に十分な余裕を確保できている企業は決して多くないのではないでしょうか。多くの工場では、過密な生産計画の下で忙しい毎日が続いていると推測されます。そのような切迫した運営状況では、トラブルも発生しやすくなります。それは、過密なのが生産計画だけではなく、働く人の意識や心理状態にも及んでいるからではないでしょうか。何ごとにおいても、安心や安定は、一定の余裕や余力の下でしか成立しません。
今年(2026年)4月、広島県の製薬企業の原料工場において、エタノールタンクの爆発事故が発生しました。原因については現在も公式には明らかにされていませんが、一般論としては、設備の老朽化、保守管理上の問題、あるいは作業時のヒューマンエラーなど、様々な要因が考えられます。この種の危険物を扱う工場では、日常作業において特に慎重な対応が求められます。しかし、作業する側に心理的余裕がなくなると、集中力の低下により、細心の注意を払った慎重な作業を継続することが難しくなります。今回の事故原因との関係は不明ですが、一般論として、余裕を失った環境では確認不足や判断ミスが生じやすくなることは否定できません。
こうした「余裕の欠如」が重大なミスやトラブルを招く可能性は、製薬工場全般に共通する課題でもあります。製剤、原薬を問わず、多くの製薬工場は過密な生産計画の下で稼働していると考えられます。そして、その過密な運営が作業者の心理的な余裕を奪い、工程トラブルや試験検査におけるミスの一因となります。
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