【第12話】医薬品品質保証こぼれ話 ~旅のエピソードに寄せて~

執筆者の連載をまとめた書籍を発刊「医薬品品質保証のこぼれ話」
製薬企業と行政の責任と使命
昨年(2024年)12月、田辺三菱製薬は気管支喘息などの治療に使用される気管支拡張剤「テオドール錠」が、製造原料の調達困難を理由に製造が継続できないとして、2026年12月頃を目途に供給停止となる旨の報告を日本呼吸器学会に行いました。この報告に対し、日本呼吸器学会は、他の薬剤では十分な効果が得られない患者が少なからずいることなどを理由に、承諾できない旨を同企業に申し入れました。本剤は喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の患者に対し長年汎用されてきた有効性・安全性に優れた徐放性製剤であり国民医療への貢献度が高いこと、また、ステロイドと併用される本剤が使えなくなるとステロイドの使用が増え、副作用のリスクが高まる可能性があることなども、供給継続を求める理由としています。
製造販売元の田辺三菱製薬は、徐放性製剤である本剤の溶出特性(溶出試験)に大きく影響する、ラウリル硫酸ナトリウムとミリスチルアルコールの2つの原料(添加剤)の調達が困難になったことを製造中止の理由としていますが、気管支喘息の患者が増加傾向にあることや、本剤が安価で、かつ、安心して投与できる薬剤であることを考えると医療への影響は少なくないことが想定されます。報道から、今回の同企業から呼吸器学会への報告は少し唐突にも感じられますが、この状況に至るまでに医薬品企業としてどのような対応がなされてきたのか、また、当学会とどういったやりとりがあったのかは定かではありません。
医薬品の原薬・原料(原薬等)の調達に関しては、その多くが現在は中国やインドなど海外から輸入される状況にありますが、品質面や製造環境の規制の強化など様々な事情により、安定調達に支障を来すという状況が散見され、医薬品不足の一因にもなっています。こういった状況を受けて、すでに官民で議論され、重要原薬のごく一部については国産化の動きも見られますが、そのほかの多くの原薬等に関しては、未だ、目立った対策が講じられていないのが現状かと思われます。従って、原薬等の変更が必要となった場合、代替品の入手が簡単ではないことが想定されます。
とりわけ、「テオドール錠」のような徐放性製剤の場合は、有効性・安全性を確保する上において、製造販売承認書に規定される“溶出特性”の確保が特に重要となることから、原料(添加剤)を変更する場合においても、変更前後の医薬品の同等性の確保の観点から、代替原料の品質規格への適合性がより厳正に求められます。それゆえ、一般の医薬品(徐放性等製剤学的修飾のない製剤)に使用される原料より調達の困難性が高まることが予想されます。報道によれば、今回、調達困難となった原料2品目は、この溶出特性(溶出試験)に大きく影響する添加剤とのことであることから、上記のような事情が製造継続を断念した理由と推察されます。
また、GMP省令において「安定性モニタリング」(長期安定性試験)が要件化されて以降、後発医薬品(後発品)の“溶出試験の承認規格逸脱”による医薬品回収が頻発している状況を考慮すると、品質に不安の少ない先発医薬品(先発品)の供給停止の影響は小さくないと考えられます。このような状況を踏まえた場合、医薬品の安定供給の社会的責任という観点から、今いちど、ありとあらゆる手をつくし、供給の継続に向けて努力を続けていただきたいものです。
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