【2026年9月】医薬品品質保証こぼれ話 ~旅のエピソードに寄せて~
執筆者の連載をまとめた書籍を発刊「医薬品品質保証のこぼれ話」
第31話:人間の脳はシングルチャネル― 品質を支える集中力と仕組み ―
・要約
スマートフォンに象徴される便利な機器は、生活を豊かにする一方で、注意を絶えず分散させる環境を生み出している。人間の脳は複数の意識的な行為を同時に正確に処理することが不得手であり、注意の切替えは見落としやミスにつながる。医薬品の製造や試験検査においても、ヒューマンエラーを個人の不注意として片づけるのではなく、人間の能力の限界を前提に、集中できる作業環境と間違いを防ぐ仕組みを整えることが重要である。
・本文
7月(2026年)の初めに「ゴッホの跳ね橋と印象派の画家たち」(あべのハルカス美術館)と題する展覧会に足を運びました。始まったばかりということもあってか、平日にもかかわらず多くの人で賑わっていました。ちょうど一年前にも大阪市立美術館でゴッホに因む美術展「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」が開催され、こちらも平日でしたが、たくさんの人出でした。このほか、神戸市立博物館でも「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」が開催されました。
このように、近年ゴッホに関する展覧会が関西周辺でも頻繁に開催されていますが、ゴッホをテーマにすれば集客が見込めるとの読みがあるのでしょう。ゴッホの人気は、波乱万丈の人生と『ひまわり』に代表される独特の画風によって醸し出されていると推察されます。この画家としての人気に、「印象派」という日本人が好むキーワードが加わると、多くの美術ファンを美術館に誘うのでしょう。
特段美術に詳しいわけでもない多くの人が、決して安くない入館料を支払い美術館を訪れる目的の一つは、日常の喧噪や慌ただしい日々から離れ、ひと時、名画が並べられた静かな空間に身を置くことで、少しでも落ち着きを取り戻せるからではないでしょうか。私もその一人かも知れません。
さて、今の世の中はスマートフォン(スマホ)に代表される便利な機器が重宝され、簡単に素早く、好きな情報や娯楽を手に入れることができます。その便利さの一方で、絶えず新しい情報に注意を向ける生活が、慌ただしさを常態化させている面もあります。その反動として、時には美術館のような静かな場所に足を運びたくなるのかも知れません。
スマホは、使い方によっては様々な問題や事故を引き起こします。常に手元に置き、見たいときに見たいものを見る。その習慣が、車や自転車の運転という、一歩間違えば重大な事故につながる状況にあっても断ち切れない人がいます。そのため、いわゆる「ながらスマホ」に対する規制も強化されてきました。
先般、運転中にスマホを見て死亡事故を引き起こした事案の訴訟の経過が報道されていましたが、人命にかかわる極めて危険な行為であることは言うまでもありません。人間の脳は、複数の意識的な行為に同時に十分な注意を向けることを得意としていません。二つのことを同時にしているように見えても、実際には注意の対象を短時間に切り替えている場合が多く、その切替えによって反応が遅れたり、重要な情報を見落としたりする危険が高まります。いわば、人間の脳には「シングルチャネル」ともいうべき性質があるのです。
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