「マラソン」第22回
51 逆転の師弟関係? ペーサーうしろださんの危機
ここで、私の100マイル挑戦を語る上で欠かせない「切り札」の話をしておこう。
以前の記事でさらっと登場したうしろださん。
実はうしろださん、埼玉が誇る難攻不落のレース「彩の国100mile」に挑んだ際、私がラスト50キロ強をペーサーとして伴走し、彼を伝説(?)の「サイラー(マイラーと彩の国をもじったもの?)」へと導いたという縁がある。
その時の恩義を「一生忘れない(ほんまかいな)」と言ってくれた彼は、私が100マイルを走る時はペーサーをやらせてほしい、と申し出てくれていた。
信越五岳への出走が決まった際、真っ先に彼に連絡すると、二つ返事で快諾。
これで百人力だ――――――――と思っていたのだが…
本番まであと一ヶ月という時期になって、ペーサーであるはずのうしろださんの調子が、地に落ちていた。
「京一くん、全然走れへん……」 練習で青白い顔をする彼を見て、私は戦慄した。
このままでは、選手である私が、潰れたペーサーを引きずって走るという「地獄絵図」となりかねない。
そこからの私は、自分の練習以上にうしろださんの復調に必死だった。
ことあるごとにうしろださんを誘い出し、無理のない範囲で、しかし確実に距離を伸ばしていく。
そして、信越五岳の直前に、ようやく50キロを走り切れるまで回復した姿を見たとき、自分の調整以上に、彼の復活にホッとしている自分がいたのだ。
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