医薬品モノづくり現場の履歴書【第3回】
本連載は、製薬企業での工場長経験者より、次世代を担う皆さんに贈る「生きた教科書」を目指します。マニュアルや計算式だけでは語れない現場のリアルな教訓をお伝えするため、経験談をベースに、関係者や特定ケースが分からないよう創作を交えた「読み物」としてお届けします。
また、本連載は異なるキャリアと専門性を持つ2人の元・工場長による二つのストーリーを交互に掲載します。
(1)『失敗から学ぶ現場学』(執筆者:南都下 史朗)
(2)『モノづくり人生の哲学』(執筆者:モノづくり伝道師)
アプローチは異なりますが、2人に共通するのは、モノづくり現場への「深い愛」と、プレッシャーの中で奮闘する皆さんへの「熱いエール」です。
この記事を読んだ後、隣のメンバーや、グループ内で意見交換するなど、コミュニケーションのツールとして利用いただけると嬉しく思います。
今回は『失敗から学ぶ現場学』です。
失敗から学ぶ現場学
ケース02:休日出勤の工事監督時の炎舞い上がり事件!
若手技術者・研究者・現場担当者の皆様、日々の業務お疲れ様です。
現場で起こるトラブルの中には、人の手ではどうにもならない物理的な危険、一歩間違えれば命に関わるような事態も潜んでいます。
今回は、皆様に「現場に潜む見えない罠」と「本当のプロフェッショナルの姿」を知っていただくためのエピソードをお届けします。
これは、今では大ベテランとなったある技術者が、新人時代に経験した、今だからこそ語れる「冷や汗」の物語です。そして、彼が長い間、上司に報告できずに胸の内に秘めていた「深い反省」の記録でもあります。
休日の静かな工場と、濡れた床
その日は、工場の稼働が止まる休日でした。当時、入社して間もなかった私は、原薬を製造する合成棟での配管手直し工事の監督として、休日出勤をしていました。
合成棟は、様々な化学反応を起こすための多数の釜(反応槽)や熱交換器、複雑な配管が入り組む、工場の心臓部とも言える場所です。普段は機械の稼働音や作業員の声で賑やかですが、休日のガランとした薄暗い建屋には、特有の静けさが漂っていました。
現場に到着した私は、配管工事業者の職人さんたちと合流し、作業前の最終確認を行いました。配管の一部を切断し、新しいルートに繋ぎ直すという、技術的にはそれほど難しくない作業です。
ふと足元を見ると、コンクリートの床全体が水で濡れていました。所々に小さな水たまりもできています。
「ああ、昨日の終業時に、製造現場の担当者が綺麗に水洗いして清掃してくれたんだな」
私はそう理解しました。水で濡れているなら、引火するようなゴミもホコリもない。「よし、これなら火器を使っても安全だ」。私は一切の疑いを持たず、職人さんに指示を出しました。
「準備OKです。それじゃあ、配管の切断をお願いします」
飛び散る火花、そして突然の火柱
「了解。じゃあ、いきますよ」
職人さんが電動サンダー(研磨切断機)のスイッチを入れ、金属の配管に刃を当てました。ギュイイイィィンという甲高い金属音が響き渡り、オレンジ色の鮮やかな火花がシャワーのように床へ向かって飛び散ります。
その瞬間でした。
ボワッ!!
床に落ちた火花が、ただの「水たまり」だったはずの場所に触れた途端、まるで手品のように真っ赤な炎が吹き上がったのです。炎は私の腰の高さにまで達する火柱となりました。
「えっ……!?」
私の頭は真っ白になりました。「なぜ水が燃えるんだ?」「火事だ、工場が爆発する!」。声すら出ず、その場に立ち尽くすことしかできませんでした。頭の中で最悪のシナリオが駆け巡ります。
しかし、私がパニックに陥った次の瞬間。
プシューーーーッ!!!
けたたましい音と共に、真っ白な粉末が猛烈な勢いで火柱を覆い尽くしました。炎は一瞬にして鎮火し、後には白い煙と、消火剤の粉が舞う静寂だけが残されました。
命を救った「プロの流儀」と、私の致命的な「思い込み」
何が起きたのか理解できず呆然とする私の横で、サンダーを使っていたのとは別の職人さんが、静かに消火器のノズルを下ろしました。
「……危なかったな。やっぱりか」
職人さんは、安堵の息を吐きながら言いました。なんと彼は、火器の使用を始める前から、すでに消火器を片手に持ち、いつでもレバーを握れる状態でスタンバイしていたのです。「近くに消火器を置いておく」のではなく、「最初から手に持っていた」。だからこそ、炎が上がった瞬間に、文字通り「秒」で鎮火できたのでした。
なぜ、水が燃えたのか。
コメント
/
/
/
コメント